恥のかき方 かかせ方

小中学校に講演に出かけることがよくあります。体育館に生徒がはいりますと、もうたいていはおとなしいにしてまへんわな。めずらしい人間が講演に来てる期待で胸いっぱいなんですから、なんて書くやつはかなりうがってまっせ。ちゃいますちゃいます。授業が減りまんねやがな、そらうれしいでっせ。私もそうでした。難しい話一時間も聞かされるのはうっとうしいけど、まあ授業よりは楽かいなてなもんですわ。好きな教科がとぶ場合はうっとうしやろけどね。そこでたいていの学校で繰り広げられるのが(以下、絶叫、巻き舌で)「コルルルラララァーおまえらしずかにせんかー、だまるるるらららんかえー、ぼけー、だれそれ、くどいんじゃー、おまえはいつまでさわいどんねん、並ばんかい、なにしとんのじゃ、おまえるるるらららー!」

これ、どこの組の集会や思いますか。学校でっせ。男女問わず、たいてい教育者の方がこの口調でおさめはりますねん。あげくに「おまえるるるらららー、はずかしいやろがー」です。おまえの方が恥ずかしいでと思うんですな。これが、あとで「先生、言葉使いなんとかなりまへんか」と聞くと「あの子らはああでも言わんと聞きませんから」とか「しかたないんですよ。現場の毎日のことですから」なんや理屈がとおったようなとおらんような返答です。たしかに教師の数も少ない、生徒も問題が多いかしらんけど、どこの学校でもしゃあないしゃあない言うとるうちに、子どもらも「しゃあない、あいつらうっとうしいから一応静かにしたろか。先生でっかい口あけてあほちゃうか」てなことになりまへんねやろか。

よう子どものころ大人や教師にこんなこと言われましたな。「ちゃんとしなあかん、今やっとかな将来恥かくで」その忠告に報いたおかげで今恥ずかしいことや恥かくことだらけになりました。そやけど、こんな言葉もありますな。「聞くは一時の恥、聞かざるは末代の恥」私は振り返ってみて自分には大きな弱点がありますねん。なんでもうまいことやり終えたい、しいて言えば、成功したいというプライドが高いんですわ。そやから、なんぞ発表せなあかんとか、お稽古に行かなあかんときは、ぎりぎりまで無駄な抵抗するわけです。一見なかなか実直のようにも見えますが、そんなええものでもないんです。「まあそれくらいでいいからいっぺんやってみ」というのがでけへん。自分で納得せな前に進めんのです。自己満足にすぎんわけで、基準が自分なんですな。「ああ、あんときあの段階でもやっときゃよかったんやな」と思うことが多々あります。今となってはもうおそいんですが。

そやけど恥をかくことに免疫があれば、何事にも積極的になれると思うんです。落語では師匠から「ええか、7割真剣、あとの3割はお客にまかせて遊ぶんや」と言われました。今やっと少しわかるんですな。かちかちになっていたり、自分の考えで固まっていると、突然のお客様の反応や舞台の雰囲気に対して余裕がないわけです。デートしてアイスキャンディーを食べとって、突然溶けたやつが落ちそうになりまっしゃろ。彼女に「あ、落ちるよ」と言われたときに、気持ちに余裕があれば、「おっとっと」とチャメッケたっぷりになめてしまえますけど、緊張が高いと「ど、ど、どこどこ?」てなもんで、こぼして恥ずかしい格好みせたないて思いが視野を狭しよって、股間にアイスがポタリ、てなことになるわけです。とっさのことに対応でけんかったり、次の展望を狭くしてしまうんでしょうね。将来恥をかかないようにと教えても、必ず人は恥をかいて生きています。むしろ、恥をうまくかかせてやれる舞台を用意してあげたり、かいたときに次にどない進むか教えることがおおいに大切なんやないでしょうか。

『勝ち組負け組』なんて言葉ありますが、勝ち組は恥ずかしくない生き方ができているというんですかね。いわゆるエリートが恥ずかしい言い訳をマスコミでしてますが、やはりあれは小さいころから恥ずかしい大人にならないよい子のための教育を受けてきた成果なんでしょうか。エリートやのうていい、学歴も関係ない、自分で考えたことを恐れず多くの人に尋ねながら恥をかいてまた前へ進み、誰かの恥に心痛めながら、そっと助けの手を差し伸べられる、そんな恥の教育ないやろか。「こるるるらららー、この文しっかり読んどるんか、そこのやつ。読まなんだるるるららら、将来恥ずかしいで」おそまつ。
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by maka1968 | 2007-12-24 22:00 | お気楽エッセー
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