幸せの黄色い点字ブロック

私は自動改札が嫌いだ。何度通り抜けてもあの「ガチャリン、ガチャリン」と、せわしなく動いている改札機の前に立つと、手が汗ばみ心拍数が上がる。切符を右手で挿入する瞬間、緊張度は最高の状態にかけ上る。穴の入り口に、キップの先端が触れるや、いなや「ガシュン」だ。「あらー感じやすいのね」もうあれは強引にひったくって行くという感覚だ。そして心の中で、「後ろめたいことは決してしておりません」と唱えながら足を一歩踏み入れる。無事関所を抜け出ると、ほっと一気に緊張した気持ちが緩和し、マイスイートホームまで、もう少しという開放感に変化する。ところが、ときおり間違った切符なんぞ入れる、すると「キンコロカンコロ、こいつやでー 関所破りや、キセル野郎かも知れんで」と周囲360度の皆様が注目するような、おたけびのチャイムが鳴り響く。

私は何をしてしまったのだろうか、とてつもなくいけない事しちゃったかな、自責の念にかられてしまうのだ。気が付くと長谷川一夫風の駅員さんが、十手を片手に「どうしたんでー、御用だ、御用だ」と疾風のごとく現れてくださる。私がはじめてこの自動改札に止められたのは、確か小学校一年か二年の頃。兵庫県を走る私鉄の終着駅であった。

この路線はかなり長い間駅員さんが、木で作られた小さな檻のような枠に入り鋏をパチパチ鳴らす人力改札だった。電気の改札ができたというので随分話題になっていた。家族で出かける時だったと思う。初めて対面したオレンジ色の機械君の前で、切符をどうすればいいのか分からず、おどおどしている私に、母がここに入れるのだと教えてくれた。そうなのだ、小さい子供には手取り足取りが大事だ。私はおそる、おそる小さな手であの忌まわしい口元へ切符を突っ込んだ。「ガシュン」素早く切符が奪い取られる。一歩足を踏み込む。「キンコロカンコロ」「なななんだ」駆け抜けようとした瞬間、目の前に左右から柿色の巨大な手が出てくるが早いか私の腹に一発かましてきた。後ろに吹き飛ばされた私は、それでもくじけず、ファイティングポーズを取るのだった。そうだ後ろは開いてるぜ、こっちにはママがいるもんね、ダッシュでバックした途端、再び柿色の手が。私は四方八方塞がれた。自分の人生でこの時ほど、ゴキブリの気持ちを考えたことはないだろう。頭の中が真っ白で、体がこちこちに強張っていた感覚を覚えている。
周りの大人たちも、この目新しい電気改札のあまりに突然の逆上ぶりに仰天し、
「何すんねん、可哀相やないか、子供やぞ」と囁いている声が聞こえる。
駅員が飛び出てきて、
「あ、ごめんごめん、怖わかったでしょう」なんて言いながら柿色の手のようなゲートの扉を開けてくれた。なぜか母は「いややわー、こんなんなるんやね」と言いながらも笑っていたのを覚えている。そういえば何故子供より先に自分がキップ入れんかったん、後から来るあたりが、なかなかやるな、かあちゃんなのである。

それにしても、改札というのは、入る時、出る時で気持ちが変わる。なにせ昔、野口五郎は私鉄沿線なる歌で「改札口で」と絶唱するくらいだから、私が改札口で、なにやら感傷的になるのも不自然ではなかろう、特に改札を出る時の気持ちである。一連の緊張から緩和までの手続きをおえ、無事に改札を出た瞬間その感覚は訪れる。「出ましたか、はいそれではお気をつけて後はご自分でいけますやろ」とどこからともなく声が聞こえてくるような気持ちになるのだ、確かに黄色の点字ブロックが構内まで敷かれているが、これで絶対安全とはいいきれない。
ラッシュ時には、人が溢れているし、肝心のブロックの上に鞄や、荷物がドカッシと置いてあることも多い。さらに恐るべしは、なぞの移動物体化したおばさん達なのだ。ごちゃごちゃしゃべりながら歩幅も大きく、威風堂々と点字ブロックを踏みしめてやってくる。第一次接近、第二次接近とまるで、スピルバーグの名作『未知との遭遇』のように距離が縮まってくる、このときに、忘れてはならないのは、なぞの飛行物体と交信する音楽だ。もちろんマイウエイだろう。めでたくぶつかる。
「危ないやんかいなーー」と大きな声をあげるのは、何故かこの動く荷物化したおばさんの方なのだ。

とそんな行く手を阻むものを乗り越えて、プラットホームにあがる。またここからが勝負なのだ。駅の上に付けられているブロックの位置である。以前構内アナウンスで「黄色い線の内側にお下がりください」と言うやつをよく耳にした。ちょっと首をかしげるアナウンスだ。私の友人なぞは、確かに黄色い線、つまり点字ブロックより線路側に行くと、危ないなと思っていたらしい、それだけ駅と、谷底との瀬戸際に点字ブロックは敷かれているのである。
そんな危なっかしい所を歩いていくわけで、気分はほとんど木下大サーカスか中国雑伎団。
目隠しで綱渡りをさせていただきまーすなのだ。サーカスで、ピエロが演じる時は、ネットなんかが下に張ってあるけれど、点字ブロック綱渡りの場合、もしもの時は一気に人生の終着駅に着いてしまうかもしれないのだ、ホームの上にいる駅員さんも最近は少ない。地下鉄などは特に少ない、おち放題状態なのである。

私は、ねっからの怖がりなので、極力駅員さんに誘導をお願いし、乗り降りまで力をお借りしている。以前夜遅くに帰った時、乗車駅から下車駅まで連絡をしていただいた。列車が駅に着き扉が開く、私が一歩駅に降り立つと、駅員さんがいかにも忙しそうに私の腕をつかんだ。
「はいはい」と面倒くさそうに歩き出したのだが、なんとも超スピード、区間急行なみだ。若干身の危険を感じた。すると
「あのね、夜は改札私だけですねん もうちょっと早く来てもらえんかな」と言う。私は耳を疑った。いかにも、かなわんな、という態度が掴ませていただいている腕からも伝わる。躓きそうになったので足取りを若干落す。なななんと、反作用のごとく、このおっちゃんはさらに引っ張り始めた。快速急行である。たいていは「これくらいの速さでいいですか」なんて聞いてくださる方もいる中で、なかなかの攻撃だ。これ以上早いとやばい、もう少し足取りを落としてみた。
おお、ななななんと
「ちぇっ」と言いながら、さらに、さらにのスピードアップ、これはもう特急ではないか。「次は行き着くところまで止まりません」と車内アナウンスが聞こえる。とその瞬間快調に走っていた列車が急停止、置石だ。私の足が小さな段差に躓いたのであった。かなり慌てて
「大丈夫ですか」ようやくスピードが落ちた。
「いや、夜は駅員一人ですからすんませんな」態度一変、今までの事はなかったことにしてモードに入ったのだ。不景気のあおりで、鉄道も赤字経営の会社が多いようだ。駅員を派遣会社に任せたりと大変な時代だと思う。しかし駅員さんが少ないからといっても、事故があったら、それこそえらいことなるんとちゃうかいな。車椅子で利用している友人などは、夜に駅を利用すると、露骨にいやな顔をされるらしい。夜だって出かけることは障害者にもあるのだ。仕事や通院、デートもすりゃー私のように妙な友人達と飲み屋めぐりを楽しむ奴もいる。

健常者も障害者もいろんな理由や、思いを持って駅を利用する。だから時間にこだわらず、サポートのお願いに対応していただけたらと思うわけである。ただし、迷惑な酔っぱらいは、障害者も、健常者も同じなので利用する方も、マナーは守るべしである。と言いつつほろ酔い気分で、今夜も我が家を目指すべく黄色の点字ブロックを踏みしめ改札を出るのだった。
「おおい、なんやこの駅ぐるぐる回っとるぞ、暗いな電気付けてくれー」
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by maka1968 | 2007-07-04 20:59 | お気楽エッセー
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