MURA村WAKUワク

私はカレーライスをこよなく愛している。うまそうなカリーのにおいは2、300メートル先の店まで分かってしまうほどだ。うちの一座(お気楽一座)のワッキーもカリー好きであることをつけ加えておかなければならない。私は彼と今あやしいサウンドづくりをめざしている。そこでまずはアメリカ村に資料および音具集めに出かけた。アメ村というと、1986年ごろ私はよく出入りしていた。なんだか分からぬものを並べた雑貨屋、アジアンテイストの店、しゃれた洋服やジーンズの店、ほこりっぽくガネーシャの香りをたいたインド雑貨屋、店先からは思い思いの音楽が漏れている。そしてその町をゆらゆら、がちゃがちゃ、わいわいと歩くさまざまなファッションに身を包んだ若者、これがアメ村。そこには村の時間が流れていた。大人はそれを退廃的だとか、世紀末的、だらしないと中傷していたが、私にとって、いやいやアメ村を歩く旅人は、それを愛し、その中傷をマントのように軽々と羽織って楽しんでいたと思う。当時、私がもっぱら出入りしたのはマニアックなCDショップ「ラングーン」とインド雑貨屋だった。
ワッキーと難波からアメ村に入村。相変わらずガチャガチャ音楽が流れている。しばらくアメ村を歩いていた私たちは、ふと妙な違和感を感じた。店先を飾る音楽にあまり変化がない。ツクチーツクチー、デケデケデケデ、デケデケデーン、なまむぎなまごめなまたまご、てな具合で言葉を連発するラップ系の曲、クラブ系のサウンドがほとんどなのである。レゲーはどこいった。無国籍サウンドは、パンクは、そして耳からだけでなくそんな村の変化は視覚的にも現れていた。「マカさん 雑貨屋減ってます」な、なんだってえ、しゃれた小物や洋服の店はあっても、実にわけ分からん生活には必要なかろうと思われる雑貨を並べた怪しい店が激減しているのだ。「ラララ、ラングーンは、ぶ、無事か」われわれはワールドミュージックやマニアックなCD、レコードまでを取り扱っているあの店を探した。「たしか、このあたりですよね」ワッキーが見回している。そして次の瞬間ワッキーの驚愕と絶望の声を私は聞くことになった。「つぶれてます、ありゃー、完璧にぶっつぶれ」私の心の方がぶっつぶれである。二人の足取りは重たくなった。「あのー、気を取り直して僕が高校時代よく行ったセイロンライスの店行きませんか」セイロンライス、それはいったいなんなのだ。聞くとアメリカ村が生まれたときから営業しているという。不覚にも私はその店を知らなかった。私の心になにやら懐かしい感覚を伴いながら、ムクムクと期待がよみがえった。「でもマカさん、つぶれてないやろか」 再び二人の心に一抹の不安がよぎる。街角からは、クラブ系のサウンドが忙しくリズムと言葉を浴びせ掛けてくる。
細い路地を曲がり曲がり、ゆらゆらと歩く。小さな店は、バブルのシャボン玉となって消えてしまったんだろうか。虹のような光を秘めたシャボン玉は世間の風には合わないらしい。そんな変わり行くアメ村を、かつて絹の道を行商して歩いた旅人のようにさまよう。腹もほどよくすいてきた。
セイロンといえばスリランカではないか、昔の人はセイロンの文化にノスタルジックな憧れを抱いたという。店の入り口に立つ。アジアン系の店特有の、香などを含む独特のにおいはしてこない。「入りますよ」ワッキーが小さなドアに手を掛け、静かに一歩入る。「なな、なんだ、いきなりそこは、スリランカではなく、タイムスリップをしたような懐かしい食堂の雰囲気全開なのだ。それも街角でよく見かけたこじんまりした店、どこか古臭く、そのレトロな店よりさらにレトロなおばちゃんが奥からでてきそうな、3丁目の夕日が似合う店だった。誰見るともなくつけられているテレビの音に混じって、「いらっしゃい」と声がかかる。席につくと、レトロおばちゃん予備軍の女性が水を持ってきてくれた。グビリと一杯飲む。おっと指に触れたコップはこれまたノスタルジックなプラスティック、懐かしい気分をさらにセピア色の過去へいざなう。三代前のおばあちゃんがはじめた店で、アメ村誕生のころからやっているとあって、独特の落ち着きがある。味は当時と同じまま、セイロンライスの名前の由来については、そのばあちゃんが棺おけの中に一緒に封印してしまってわからないそうだ。「なつかしいっすね、いやあ、子どものころのお好み焼き屋みたいですよ、この店高校時代よく来ました。実はこの店有名人がひそかに来るらしいんです。」壁にはつるべ師匠をはじめサインがいくつか飾られていた。もちろん音福亭MAKAのサインは…。
いよいよ注文したセイロンライスが出来上がるころだ。名前からあらゆる連想が広がり、スリランカの妖艶かつ色気を押し殺したような美女がいざなう怪しい世界が展開され、想像力の津波が妄想に変化した。そしてレトロ予備軍のおばちゃんがいよいよわれわれのテーブルにセイロンを運んできたのだ。まずは嗅覚に刺激が来る。香りはカレーライスに近いが、あそこまで強烈なインパクトはない。さじは抵抗なくライスとルーを持ち上げた。ルーはさらっとした感じのようである。一口食べると口中にカレーとはいえぬ何やらハヤシライスのような、そしてどこかに醤油味を感ずる、異文化の交流を髣髴とさせるものであった。
この店を取り巻くアメリカ村は相当若返り、その時代時代の若者の服装をまとい、音楽や言葉、アートを吸収して息をしている。この店はそんなアメ村に生まれていながら、まったく時代の先端に気をとられず、アメリカ村の姿にも迎合しない。頑固なばあちゃんがまだ店の柱や壁に気を付着させて守り続けているらしい。とかく芸能関係者なぞは世間にこびて生きてしまいがちだ。そんな時ふとこの店で自分を取り戻しにくるのかもしれない。いつまでも頑固で信念を曲げず、それでいてひそかに知る人ぞ知る店のままでいてほしいと思った。ワッキーが一言「MAKAさんも有名になってこのあたりにサインどうですか」「やめとこ、見えてないし、妙なものにサインして闇金に追われるのが落ちやからな」誰見るでもないテレビの中で、小泉総理がアメリカで笑顔を振りまいていた。
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by maka1968 | 2006-09-18 11:25 | お気楽エッセー
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