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お気楽島祭り

来る7月25,26,27日の3日間、大阪市東淀川区淡路にあります「つどいホール」にて、
第2回お気楽島祭りを開催いたします!入場は無料。2日目は公開録音の予定です。
お誘い合わせの上、お越しください。
くわしくは、ブログまたは福祉放送でお伝えいたします。
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by maka1968 | 2008-03-28 11:55 | 福点の今日このごろ | Comments(8)

春うらら

今日 近所を車に揺られて巡ってみた。
窓を開けると、ぽかぽかっと春の日差し。
心も体も洗濯物が日に当たってほわっとするような感じになった。
春はええなあ。
桜の季節、また仲間と花見したいなあ。
皆様の春を感じた瞬間をお教えください。
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by maka1968 | 2008-03-17 20:59 | 福点の今日このごろ | Comments(7)

鳥取講演ゲゲゲのゲ~

鳥取県で障害者理解の講演を行いました。
会場に集まってくださった皆さんの暖かさに感動いたしました。
前半は創作落語「メールの話」と私の障害を通して考えるノーマライゼーションについての
話し、後半はお客様に障害体験をしていただきながらの音楽療法プログラム体験&
大喜利でした。
前もって主催者の方から「鳥取県の方は真面目ですから」とお聞きしていましたが、
確かに皆さん真剣に取り組んでいただき、大喜利ではしっかり笑っていただきました。
ありがとうございます。

鳥取はひいおばあちゃんの家があります。
子どもの頃は毎年夏に出かけたものでした。
町もずいぶん変わったところもあるようでしたが、何かあのころの空気が
流れているようで、開放的になりました。

講演のあとは、座員と砂丘で走り回って、妙なビデオ撮影までしてしまいました。
夕焼けにさけぶワッキー、サッチー、なにわんちゅ。杖をふりまわして飛び回るMAKA,
一人で歩くはじめ師匠など。あっこさんの一人砂丘の砂を集める姿は
なんとも哀愁がありました。

夜は主催者の方に良い店を紹介していただき、松葉がにをもうたらふく
食べてしまったのです。
今までこんなおいしいかにを食べたことはありません。
バチがあたって、今後横ばい人生にならへんやろか。

翌日は坂井港で水木ロードを満喫。
子どものときからだーい好きだった、いや、私自身ではないかと勝手に投影しつづけてきた
「ゲゲゲの鬼太郎」さんに会って、もう気分は妖怪。
大変坂井港はにぎわい、ビデオかついだムロくんは撮影に大忙し。
美術をやっておられたビジュアルI氏は水木先生の戦中のデッサンに驚嘆。

水木しげる先生の資料館は講演した日がちょうど5周年だったようでした。
ななななんと、この講演と水木記念館の五周年の記事が、日本海新聞に
となりどうしのページで並んでとりあげられたのでございます!
私が尊敬する水木先生の足元に載せていただけるなんて、
これも何かの妖怪エネルギーか、妖気のつなぐ縁やろか。
水木先生はお忙しいから日本海新聞に載っていた私の記事には気づかれないでしょうけど
私は草葉の陰からいやいやちがった、新聞紙の文字の蔭でうれし泣きをしております。c0086578_13282362.jpg
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by maka1968 | 2008-03-10 20:26 | こんなことしてまっせ | Comments(7)

バテルバトル

何年か前から○○バトルちゅうタイトルの番組名をきくことが多くなりました。グルメバトル、本音バトル、お笑いバトル…、なんじゃこらと思うんは私だけでっしゃろか。バトルちゅう言葉を調べますと、戦闘、戦いという意味が出てくるわけです。

しかしながら、この○○バトルが用いられるのは、以外に戦いとは無縁であるべき言葉、戦わんでもええもんをむりやり戦わすときにでてきまんねやな。グルメバトルて、全国の調理師が腕競いよるわけです。たとえばお好み焼き対広島焼き、似てるけどこらちゃうもんでっせ、それを戦わせよるんですな。お笑いバトル、笑うということは笑わす側と笑わされる側の共感がなかったらなりたたんわけで、そんな世界の芸どうし戦わせるわけです。これは芸人どうしの戦いのように聞こえますが、ほんまは視聴者が自分の好きな芸人を応援しながらそうでない芸人はシカトするような図式なんですわ。つまり視聴者同士のバトルでんな。

本音バトルてなもんは、わけわかりませんで。だいたい本音で人間どうし会話できまっか。私はむりや思いまっせ。「ああこんにちは、かわいい服着てはりますね」「いやあ、奥さんもええ服着てはりまんな。どうせ、リサイクルだっしゃろ」「それほどでも、ほっほっほっ、奥さんほど百均グッツで身を固めたら似合う人は町内にいませんで」こんなん言うてたら会話も友情も生まれまへんわな。会話というのは話を会わすと書きますが、いろんな気遣いをしながら言葉をかわすから相手の気持ちが聞けることもあるし、本音に真実があるとも言えんとわたしゃ思うんです。
こんなん書いたら、たてまえやうそばっかりがええんかという人いてはるでしょう。いやそうやなくて、言葉にお化粧をして相手に手渡す、相手も言葉に飾りをつけ受け取りやすい物にして渡す、これでええと思うんでっせ。この繰り返しが会話とすると、バトルという言葉は不釣合いやと思いますねん。特に意見交換をする場でバトルという言葉をつけると、言わんでもええことが飛び交い、収集つかんようになるはずです。会社や学校のサークルなんかでも、バトルを使いよるんですな。わが社をよくする、「熱い思いバトル」とか、学校で学年や教師、生徒の壁をこえて語り合う、「言いたいこと、本音バトル」。どないなってんのかいな思いまっせ。ほんでおかしいのは会社にしても、教育機関でも、社員や生徒が、激しい発言したら、言葉を選べとか、思いやれとか上司や教師がいいはりまんねん。それやったら最初から本音とか「言いたいことバトル」なんちゅう名前の会にしたらあかんのちゃいますやろか。

私も言葉使う仕事まがりなりにやらせていただいてますが、言葉は難しい生き物です。覆水盆に返らず。「あっ」思うたらもう遅いことがあります。そやさかいに簡単にバトルしたらあかんのちゃいまっか。言葉をうそでぬりかためるんやなくて、相手が受け取りやすい、味付けや化粧して渡す、またどうしても今言わなければならない言葉なら、選びぬかれたビタミン注射にしてぶちゅっとする、しかしこれも決して毒薬ではあかんのですよ。会話は常に相手から返ってくる言葉を待てる状態にせなあかんのです。ダメージを与える、ぐうの音も言えなくする、それがバトルなんやと思うんです。

こんなんやっとったら、バトルでバテルで。
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by maka1968 | 2008-03-04 20:09 | お気楽エッセー | Comments(4)