見えるかな

いやあ、ひさしぶりにブログ書けました。あわただしくてなかなか書けないのです。かけるのは背中の右下あたりにある昔手術した傷口ばかり。

今日は義眼を新調しに行きました。3年に1回くらいのペースで換えないと、サイズが合わなくなり、体にも悪いそうなんです。義眼つけたからいうて、バッチリ見えるいう道具やおまへんで。あくまでイミテーションの眼ですわ。

カジヤマプロテーゼと言うなかなかすばらしい義眼を作ってくださるドクターのオフィス。弁天町にありまして、25階やったかな、海の見える、すてきな部屋です。義足や義眼というのは、病気や事故で失った手足、目を補い社会参加を広げてくれる大切なアイテムでございまして、これないと私なんかゲゲゲの鬼太郎を超越した面相になりますねん。

そやけど皮肉なことでんな。義足や義手や義眼なんて物の発展の一つの要因に戦争が絡んでまんねん。負傷兵のために作り出す技術が進歩したりしますねや。ほんで戦争とは関係ないはずの、ベトナムやイラクの子供達が枯葉剤や不発弾で手足に障害を負わされてます。そやけどまともな義足や義手、義眼なんて手に入らないわけです。あるところでは、ペットボトルを使って義足の代用品を作り使っているそうですわ。それがもらえるのはかなりいいほうだそうです。私の義眼、保険が利きますからなんとか買えましたが、まともに買えばそこそこな値段です。

「おまえナベトナムやイラクの子供のこと考えたらごちゃごちゃ言うな」といわれるかも知れまへんけど、それはちょっと違うんです。今日本では幸いこんな具合に保険や医療が充実していますが、もちろん問題のある制度もあります。このレベルはあの国よりましやから我慢せいとなると、どんどん後退していくばかりです。むしろ前に向かって充実した福祉を求めていくのが大切なことで、そこからさらに他国の状態に対して、自分達がなぜ福祉の必要性を感じているか、またそれがどのように障害者の社会参加に役立つかを、大変な状況にある国にも伝えていく必要があるんとちゃいますやろか。そしてその国が一歩でも福祉や医療について進んだら、「あの国よりましになったんやから我慢せい」ではなく、さらに進むように手を携え別の大変な国に「一歩進んだらこんな変化があった、障害者はこう変わった」と伝え、どんどん誰もが住みやすい国を増やしたらええんちゃうやろかいなと思うんですわ。

新しい義眼でどんな世界が見えてくるかいな。
[PR]
by maka1968 | 2006-10-26 20:10 | 福点の今日このごろ | Comments(0)
<< 「MAKAちゃんのお気楽ラジオ... 「MAKAちゃんのお気楽ラジオ... >>